あだかず  つれづれの記

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zoom RSS 温故知新                 2003.06.11

<<   作成日時 : 2006/03/04 20:39   >>

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6月9日、法政大学教授の田中優子さんを招請して、「真・温故知新 ものづくり都市江戸にみる近未来」という講演会が相模原市商工会議所の主催で行われ、聴講させていただきました。以前から田中さんの江戸時代の文化、もの作りやリサイクルに関する研究や評論には、大変関心がありました。実は、昨年の公民館環境講座で委員をしていたとき、「江戸時代のリサイクル」についてお話をして頂こうと考え、講演の依頼をしたことがあります。しかしなにぶんに公民館の予算では、とてもお願い出来る状況でなく、また多分、聴講者の対象がローカル過ぎるという感触を与え、断念した経緯があったのです。

 その後、環境講座の委員会で色々と話をしているうちに、自分達の昭和30年代中頃までの生活体験のなかに、ほとんど江戸時代に近いリサイクル社会を実体験していたことを改めて確認することになりました。ちょっと年がばれてしまいますが・・・・もしかしたら実体験した自分たちの方が、書物や資料でしか検証していない田中先生よりは説得力のある話が出来るのではと・・・半分、冗談で考え、笑ってしまいました。当時は、意図的にリサイクルに励んだというよりは、何しろ物が乏しかった、従って物を徹底的に使い込む、最後の灰になっても、それを利用しなければ成り行かない時代だったのです。

 ところで当日の先生の話は・・・・・ちょうど400年前にスタートし、270年間続いた江戸時代とは、技術と工夫の集中化の時代(空洞化の反対)=職人の時代、アジアの繊維産業、農業、陶磁器、薬学などの技術を学んで国産化した時代、ヨーロッパなどから鉄砲、時計、レンズ、活字印刷などの機械類を導入するが輸入はせず、独自に変化させ作りあげた、国産化には精密な観察に基ずく産物記録、本草学、博物学が存在した、職人は顧客によって育ち、生み出された製品はさまざまな仕組みによって国内市場をめぐったことなどを述べ、こうしたものは現代の高度技術を予感させるものであり、江戸時代、とりわけ江戸の町に活力を与えたというのです。

 温故知新、未来の日本を考えるとき、江戸時代の職人の活力を知り、これをどのように生かすかは、それぞれが考えて見ることなのでしょう。既に大量生産品のもの作りでは、わが国の優位性は殆ど失われ、ソフトウェアの領域でもインドなどに優れた技術者が溢れています。わが国の未来像は、デフレ経済の中で、その先がなお、見えてきていません。

 不思議にもわが国の一人あたりの所得は、依然として世界のトップクラスに位置しているそうです。しかし、実際の豊かさは、蓄積された資産や心の豊かさも含めると、決して上位にはいないと思うのです。日本の活力が、蘇生する日を心待ちしています。

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